space

あの壁の裏の構造は……
気になる空間を勝手にとことん調査。
世の中が認める研究肌のデザイナー。

カフェで、カウンターをジーッと見つめては何かをメモする。人気のアパレルショップで、ふとしゃがみこみ棚と壁の接合部分を観察する。はたまた、ラグジュアリーホテルのレストルームでは、洗面台に手尺を這わせて奥行きを測る。

街でちょっと怪しい動きをしているこの男は、林原大地。「商環境研究所」のデザイナーだ。

商環境研究所は、企画、設計、デザインに特化した独立した部門。

スペースでは多くの場合プロジェクトを担当すると、打ち合わせ、企画、デザイン、設計、制作、施工、引き渡しまでを同じチームが一貫して行うが、それとは異なるスタイルで、大型プロジェクトなどを手がけながら、新規領域の開拓を行なっているのが商環境研究所だ。

所長・森田昭一のもと、林原をはじめ約25人のデザイナーや一級建築士が在籍し、世界屈指の文化都市東京で世の中の動きを観察しながら、名古屋、大阪、福岡のクリエイティブ部門と連携をとり、新しい空間の可能性を探っている。

冒頭の林原の怪しい動きは、研究所のメンバーが隔週で開いている研究会に向けた調査なのだ。

「話題の有名店やハイブランドショップなどに行き、観察するんです。目に見えるものから裏の構造を想像し、仮説を立てながら図面に起こしてみるという試みです。自分だったらこうするな、というアイデアなどもメモします」

世の中に求められているもの、評価されているものはどんなものか、日頃からアンテナを張り巡らせている林原は、さまざまなエキスを取り込んで自らの仕事に活かす。

「研究所は自分を高めやすい環境が整っています。でも自分のレベルを上げていくのは、自分でしかないと思っています」

入社2年目に初めてメインで担当した 「泉ヶ丘ひろば専門店街 ちびっこ広場」がキッズデザイン賞を受賞。若手ながらクライアントからの信頼も厚く、林原に直接依頼が舞い込むことも少なくなかった。東京に来た翌年には「東急プラザ銀座 従業員休憩室」でDSA空間デザイン賞銀賞も受賞、プライベートでは一級建築士を取得する。

こう紹介すると、林原がスマートに仕事をこなしキャリアを駆け上がってきたように聞こえるかもしれないが、現実はそう甘くない。

「働き始めて、社会は厳しいと思いました。最初は現場に行っても、施工のことがわからず職人さんたちから『これは右?左?』と聞かれても答えられない。打ち合わせに行っても『持ち帰ります……』としか言えませんでした」

担当物件を持つようになると、床、壁、照明、塗装屋さん、木工屋さん、金物屋さん、サイン屋さん……ひとつの空間に関わる関係者の多さと、手間の多さに愕然とした。
「なんて面倒くさいんだ! こんなことまでやるものなのか」

いずれデザインや設計を専門とする人間でも、スペースでは誰もが空間づくりの全工程を経験する。一通りの経験や技術を身につけた上で、どう個性を発揮していくか。この会社は4〜5年目からが面白いのだ。

所長の森田、曰く。
「スペースの空間づくりというのは、大学病院で難病の手術をするスーパードクターではなく、人生や暮らしに寄り添う町医者のような仕事」
相手が抱えている背景を読み、寄り添う力も、いざという時の専門家としての力も持ち合わせていなければならないのだ。

「彼は観察する力、理解しようとする能力が高い。仕事へのセンスがあり、場面や時間、楽しみ方をデザインしていけます。そして、何と言ってもデザイナーとしての『美意識』を持っています。年はずいぶん違いますが、同じ方向を向いている同志。そんなふうに思っています」

「気恥ずかしくなるような言葉をさらりと言えてしまうのが森田さんのすごいところ」と林原は笑って、続ける。

「スペースにはいろんなタイプの人がいます。デザインが上手い人、施工技術に長けた人、プロジェクトの舵取りが得意な人。新卒の若手もいれば転職組もいます。1,000人規模のこの多様性がスペースの資産だと感じます。それぞれの人から学べるものがある。それをどうするかは、やっぱり自分次第なんです」

○情報は2019年9月の取材時のものです

profile

林原大地

Daichi Hayashihara

2014年、大阪本部入社。商空間の環境設計を中心に、オフィスやエキシビション空間の設計業務などに携わる。4年目、東京へ異動し商環境研究所へ。5年目に一級建築士取得。施設のラウンジなどのデザインを手がける。岡山県岡山市出身。

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